過去を置いていくこと。
いよいよ住み慣れた街を離れる時が来た。
新しい街の利便性や新居の新しさは私にとって魅力的で、この街を離れることをしばし忘れていた。
いざその事に直面してみれば、少しばかりの寂寥感を覚えてしまう。
行きつけの店が行きつけではなくなる瞬間。
ご近所が近所ではなくなる瞬間。
駅を降りて感じる冬の刺すような冷たい空気も、
ベランダに春の風がひときわ強く吹く時も、
夏の日差しをたしなめる自然がある土地も、
秋の花の香りが漂うあの小道も、
どれもこれもが好きだった。
後輩達と着替えも持たず、熱帯夜に水鉄砲ではしゃぎまわった公園も、
酔っ払いに絡まれたあのゲーセンも、
好きな人と寝たあのホテルも、
親友が住んでいたあのマンションも、
いたるところに思い出がある。
こうなってから、それらが早送りで自動再生されるのはいささかズルくないですか。
とはいえもう決めたこと。
来ようと思えばいつでも来れる距離だけれど、
次はきっと少しばかりの違いに戸惑って悲しくなるだろう。
慣れとは怖いものだ。
わたしは明日、この土地を去る。